魔術は宗教なのか?

さて、 若くて純粋な人達の中には、 しばしば魔術に宗教としての役割を求めてやって来る人がいる。 逆にオカルトに興味を持っていても、 少しでも宗教がかったものは全く受け入れる事が出来ない、 という人もいる。
という訳で、 少々面倒臭い問題ではあるのだが、 魔術と宗教について解説しておく事にしよう。

世間でよく見かけるステレオタイプの偏見の一つに 「魔術をやっている連中は悪魔を崇拝している」 というのがある。
これははっきり言って間違いである。 何故ならば魔術は宗教ではないからだ。

カリフォルニアにある有名な宗教法人 「サタン教会」 の主張は多くの著作を通して世間に知られているし、 その著作の一部は日本でも訳されている。 私なりにそれを要約すれば 「基督教の教えは現実社会での競争を勝ち抜いて行く為には不利な事しか教えてくれないが、 彼達が禁じている事即ちサタンが推奨する行為や思考法こそが現実社会では重要な事なのだ。 だから我々はサタンを崇拝するのだ。」 となると思う (個人的には、 この教えにハマる人達は、 精神的 (or経済的) に余裕が無い為、 本音と建前の見分けがつけられず、 他人に同情出来ない人達だと思う)。
しかし、 この様な考え方は魔術の本質とは何の関わりも無い。 そして魔術はサタンを信じていてもいなくても、 イエス・キリストを信じていてもいなくても、 或いはおシャカ様を信じていてもいなくても、 実行出来るのである。

そもそも彼達サタン教会の連中が崇拝している 「サタン」 は基督教の神話の枠内の存在なのだから、 正確には彼達は基督教の分派の一つとして捉えるべきであろう。
しかし魔術では、 基本的にはユダヤ・基督教及びギリシャ・ローマ神話といった西洋の基本文化がベースにあるものの、 エジプトの神話体系や東洋の五大 (地水風火空) までもがその基礎に取り入れられている。 何故ならば、 その基盤は必ずしも特定の信仰に因ったものでは無いからである。

そもそも 「宗教とは何か?」 というのも非常に難しい問題なのであるが、 多くの宗教の一つの側面として、 世界と自分との関係、 即ち人間としてのアイデンティティを与えるという面がある事は否定出来ないであろう。 例えば、 ユダヤ教や基督教ならば信者は神の所有する羊となり、 共産主義ならば労働者になる訳である。
(だから異教徒を殺す事は基本的な罪にはならないのだ。 何故ならば異教徒は自分達の神が定義した 「人間」 ではないからである。)

ところが魔術では、 その様なアイデンティティはすんなりとは与えられないのだ。

例えば、 ヘレニズム期にエジプト辺りで編集されたと覚しき魔術パピルスの文書から作られた 「生まれ無き者」 の儀式を行ったとしよう。 もしも儀式がうまく行けば、 術者は古代エジプトのオシリス神と同一視される 「生まれ無き者」 との強烈な一体感を感じ、 人間としての小さな自我はその神聖さにひたすら圧倒されるだろう。
しかしその体験があったからと言って、 基督教徒が宗旨変えしてオシリス神に帰依する必要は、 魔術には無いのである。

少し難しい話になるが、 魔術では様々な宗教の違いはその元となる文化の違いによって生じるが、その本質は同じ (或いはほぼ似た様な) メカニズムによっていると考える。 そのメカニズムこそが魔術の基盤であり、 またその研究が魔術の大きな目的の一つでもあるのだ。
「20世紀最大の魔術師」 として有名なアレイスター・クロウリーがまとめた 「777の書」 の様な万物照応表は、 その様な宗教や文化の間の対応表の試みの一つである。 そして「777」の序文でクロウリーが述べている様に、 未知の物事を探求する為には、 完全に客観的な立場からではなく敢えて一つの立場から物事を記述する以外に道は無いのである。
未知のジャングルにどう分け入っていくか? という問題を解かねば冒険が出来ないのであれば、 恐らく誰もジャングルには入れまい。 誰かが切り開いた道をたよりにして後進の人達がより奥へと進むのだ。
そして、 我々魔術に関わる者の多くは「魔術」という立場から、 上記の様な問題に挑もうとしているのである。

だから、 もしも貴方が魔術で宗教的な事を得ようとしても、 それによって得られるモノは宗教で得られるモノと同じであってはいけない。
常に覚めた目で己の心を分析し、 貴方の中の信仰とその体験との比較分析を行い、 貴方なりの心の在り方を見つけるのだ。
或る意味で自分の心で実験する宗教学が魔術だ、と言えるだろう。 だからこそ、 色々な宗教や文化をその体系の中に取り込む事が可能なのだ。

そして或る意味で、 この様な無節操なシンクレティズムを用いてしまう魔術は、 八百万の神々も仏様も一緒に祭ってしまうのが得意な日本人に向いているかもしれない。

(次章に続く)


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