イメージの形成と投射

最初に小五芒星儀式を例に出して述べた様に、 魔術儀式では様々なイメージを儀式場の空間に投影する (或いは実在する様に感じる) 必要がある。 という訳で、 魔術師は物理的に見えている光景の上に彼達の心の中で形成した イメージを重ね合わせる事が出来ねばならない。 この章ではその為の方法について 「見間違い」 のメカニズムを例に取って考察して行こう。

前章で枯れた花を幽霊と見間違える例を挙げたが、 何故よく見れば単なる枯れた花であるものが幽霊に見えるのだろうか? 今まで説明して来た事を使って考えてみると、 「枯れた花をぼんやりと眺める事によって捕らえられた幽霊に似た 「パターン」 が脳内の幽霊のイメージを引き出して来た」 という事が言えるだろう。 言い換えれば、 枯れた花を幽霊と見間違えた瞬間、 その人は枯れた花の物理的視覚像の上に幽霊のイメージを重ねているのである。 そしてそのイメージが非常に鮮明であれば、 まさに現実には居ない幽霊をその場に視覚化しているのと同じ事になるのだ。 従ってこの「見間違い」を意識的に、 そして出来るだけ鮮明なイメージを使って行う事によって、 視覚化作業を効率的に行う事が出来るのである。

ところで、 「見間違い」 を行う為には 「見間違う」 対象が必要になる。 しかし、 それは常に存在するとは限らないし、 有ったとしても自分の望むイメージが誘発される保証は何も無い。 しかし、 前章で説明した 「下描きとなるパターン」 を自分で用意する事によって、 より効果的に視覚化が行える様になるのだ。

五芒星や印形の様な線で構成された図形を視覚化する場合 「下描きとなるパターン」 として、 それらの図形を描く剣や棒等の魔術武器の軌跡の残像を用いる事が多い。 暗闇の中でペンライトを使って五芒星を描いた時、 その空間に 「燃える五芒星」 が存在する様に想像するのはそれ程難しい事では無い。 多くの魔術儀式において、 このテクニックは用いられている。

一方、 大天使の姿形等の複雑なイメージを投影するのはやや難しい。 何故ならば、 細部まで明確でしかも大きな視覚イメージをいきなり投影するのは精神的負担がかなり大きいからだ。 従って、 まずはイメージを投影すべき空間に 「下描きとなるパターン」 となる漠然としたイメージを投影するのが無理の無いやり方であろう。 つまり 「投影するものと同じ大きさで色が大体同じのものがその空間にある」 という事を強く想像するのである。 その想像が難しいならば、 練習用として大体同じ形と大きさのものを実際にその空間に置いて感じを掴むのも良い。 そしてそれと同時に、 その投影されるものが持っている様々な属性を一緒に思い浮かべるのだ。 その状態で、 その 「下描きとなるパターン」 (或いはその代用品) の上に、 今まで記憶の中に蓄積された細かいイメージを投影するのである。

巨大な神や天使を視覚化する場合は代用品となる像は博物館でしか見られないかもしれないので、 何も無い机の上に赤い林檎を視覚化する場合を例に取ろう。
まずは机の上に直径10cm程度の球状のものが存在している所を想像してみよう。 その想像が難しければオモチャの赤いボールを置いてみよう。 そしてその 「球状のもの」 がある所をぼんやりと眺めながら、 林檎の色や形、香りや歯触り、味等を強く思い浮かべるのだ。 その状態で暫くまばたきを繰り返していると、 ふと林檎の姿が視界に浮かんで来る瞬間がある。 その時の感覚を忘れない様にすれば、 貴方はもう視覚化のコツを掴んだ事になるのだ。 慣れて来たら、 出来るだけ代用品無しで、 色々な物体の視覚化にチャレンジしてみよう。 また、 出来るだけ視界の広い範囲にまたがる像の視覚化にチャレンジする様にすると、 後々大変役に立つだろう。

「寝呆けた人の見間違い」と最初に言った様に、 目を開けて夢を見る事が視覚化の作業である。 従って、 繰り返しになるが、 リラクゼーションと目の焦点の位置、 そして視覚化するイメージの大まかなパターンの把握とその利用がこの作業の鍵になる。 夢の世界では、 注目していない物体の細部はぼやけているか、 或いは夢から覚めた時に改めて考えると妙な形をしていたりするものである。 だが夢の中に居る時は何も矛盾を感じないものだ。 それはその物の大まかなパターンが合っていれば、 イメージの世界では大した問題では無いからである。
イメージを扱う能力が向上して行けば、 より細かい部分にまで配慮出来る様になるので、 特に初心者は余程のイメージのズレが無い限り細部にこだわる必要は無い。 むしろ細部にこだわり過ぎると全体のイメージが掴み辛くなる為、 細かい部分には目をつぶった方が良い事が多い。

最後に一つだけ注意をしておく。

投影した画像イメージは 「しっかり見る目」 を使って必ず消去しておこう。 何故ならば、 視覚化の作業によって夢の世界から引き出された イメージ が覚醒時の貴方の精神を侵食し始める危険があるからだ。 夢の世界と現実の世界をしっかり分けておかないと、 悪夢から目覚めによって逃れる事は出来なくなるし、 逆に現実の嫌な事を楽しい夢が覆い隠す事によって現実世界に対応出来なくなってしまう。

夢と現実が区別出来ない人を、 通常我々は 「狂人」 と呼ぶ。 魔術の歴史に多くの 「狂人」 が現われるのは基督教による迫害のせいだけでなく、 魔術そのものが 「狂気」 の世界とつながっているからに他ならない。 我々魔術を修行する者達は 「夢」 の世界への往復切符を常に確保する必要がある事を心に銘じておこう。 さもなければ知らず知らずの内に 「狂気」 の世界への片道切符を手にしている事になるのだ。


言うまでもない事とは思うが、 ココに書いてある事は視覚化を行う際の多くのコツの一部に過ぎない。 また、 人によってはあまり役に立たないかもしれない。 何故ならば人間が外界を認知するやり方については、 まだまだあまり良く分かっていない部分が多いし、 個人差も非常に大きいからだ。
だから頭の中で余計な考えをコネる事よりも、 まずは入門書を注意深く読んで一生懸命訓練を積む事を重視して欲しい。 その訓練の試行錯誤の中で、 ココに書いてある事が役に立てば筆者としては大変嬉しい。

視覚化の技術は、 黄金の夜明け系魔術に限らず、 殆どのオカルトや呪術や宗教、 そして芸術家やデザイナー、 そしてスポーツ選手等、 幅広い分野で使われている技術である。 例え魔術を止めてしまっても、 それなりに使い道のある技術ではあるので、 学んでおいて損は無いだろう。

(終)

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