さて、壁の前で必死に背筋を伸ばしている方々。
その姿勢は確かに背筋が伸びているのだが、
体重がやや後ろにかかっているお陰で壁が無くなるととたんに不安定になってしまう。
従って、
そのままでは「神の立位」を行うにはちょいと問題がある。
かと言って下手にバランスを取ろうとすると、
すぐに腹が出たり猫背になったりしてしまうだろう。
という訳で上手いバランスの取り方を伝受しよう。
それではお手持ちの魔術書をちょいと頭の上に載せて。
え、「春秋分点」全巻?!
・・・首の骨をへし折る事が目的では無いので、
危険な真似は止めてもっと軽いモノを選んでくれたまえ。
まず、
前編の最期で示した姿勢で、
頭の天辺、
つむじの少し前辺りの指圧すると気持ち良い所に軽い物を置く。
ウィリアム・テルの故事に習って林檎を置くのも良いが、
安定度から言えば蜜柑の方が良いかもしれない。
オットセイの芸では無いのでボールみたいな不安定なものは置かない様に。
また物が落ちそうになったら無理にバランスを取らないで手で位置を直す事。
さて、
物を置いたら、
その位置が自分の取れる姿勢では最も高い場所である事を確認しよう。
もしもまだ上に伸びる余地があれば、
もう少し頑張って背筋を伸ばしてみよう。
確認したら次に進もう。
壁の前に立っている状態では、
貴方の体重は殆ど踵にかかっているであろう。
そこで、
貴方の頭の上の物の高さを保ったまま、
体重を足の親指の付け根に移すのだ。
踵を上げて爪先立ちになる必要は無い。
足首から上の体全体が、
壁から離れてやや前に移動するだけである。
背筋が曲がってしまったらまた壁に戻って伸ばし直そう。
上手く行けば、
頭の上から背骨を通して両膝の間を抜け足の下へと向かう一本の棒がある様な感覚が得られるハズである。
これが正しい
「気を付け」(ただし爪先を揃えている所だけ違うが)
或いは
「神の立位」
である。
この感覚を保ちながら、
或いは頭の上の物の高さを保ち続けようとしながら歩くと所謂
「モデル歩き」
になるが、
これは単なる気取った歩き方ではなくて、
人体にとって最も無理が無く効率的な2本足歩行の方法でもあるのだ。
魔術儀式においてもその様な歩き方を心掛けると良いだろう。
最初の内はこの様な姿勢を取るのはとても苦しい事かもしれないが、
慣れてくれば肩や腰の負担が減るので、
とても快適になってくるハズである。
さて、次はその感覚を保ったまま椅子に座ってみよう。
低めの固い椅子、
踵が着いた状態で、
足首、
膝、
大腿の付け根が全て90度の角度で無理無く座れる椅子が良い。
爪先と膝を揃えて、
肘は無理無く下に落として両手は腿の上に軽く載せる。
「神の立位」
と同様に腰は垂直に伸ばして下腹を締め、
頭頂部が最も高くなる様に意識しながら目は正面を向く。
これが
「神の座位」
である。
クロウリーが彼の結社A∴A∴のジェレイター位階の昇進条件として、
水があふれる寸前まで入ったコップを頭の上に置き、
長時間瞑想して水をこぼさなければ合格、
と何処かに書いていたのを見た事がある。
その話自体は恐らくクロウリーお得意の与太話
(本当にコレをやったら恐らく殆どの魔術修行者はずぶ濡れになる)
であろうが、
座っている時の姿勢のイメージはまさにそれなのである。
魔術において殆どの瞑想行はこの姿勢で行う事になので、
この姿勢でリラクゼーションが出来る様に訓練しておく必要がある。
以上が魔術作業における姿勢のおおまかな説明であるが、
日常生活でも常に頭頂部を高く保つ様にしていれば、
姿勢が良くなるので見栄えも良いし健康にも良い事である。
慣れない人には大変に見えるかもしれないが、
時々、
壁を使ったり頭の上に物を載せてみたりして自分の姿勢をチェックしてみると良いと思う。
ただし赤の他人がいる所で頭の上に何か載せたりするのは、
皆から奇異な目で見られる事になるので止めておいた方が良い。
さて、
これで前章で挙げた弊害の内、
「寝違え」
については避けられるハズである。
しかしながらもう一つの問題を完全に回避する事は出来ない。
人間とは器用なもので、
座りながらでも立ちながらでも、
或いは歩きながらでも寝てしまう事が出来るのである。
従ってこの「瞑想中に寝る」という問題を解決する為には、
もっと精神に直接影響を与える事柄についても併せて考察する必要があるのだ。
という訳で、
次章では更に呼吸についての考察を加えよう。