四拍呼吸について

「寝るなあああああぁぁぁぁ!!! 寝るんじゃないぃぃっっ!!!!!!」
「寝たら死ぬぞおおおぉぉぉ!!!!!!」

映画やテレビドラマにおいて雪山で遭難する場面では、 上記の如き暑苦しい台詞が交わされるのはお約束である。
温度が極端に低い状況では肉体が体温を保てず、 新陳代謝の機能が低下し、 その結果脳の活動も低下して眠くなるのである。 勿論寝てしまうと更に新陳代謝の機能が低下し、 体温が保てなくなりそのまま凍死する訳である。

では何故身体の機能と脳の活動が関係あるのか? 色々な要因はあるだろうが、 ここでは単純にエネルギー消費の問題として考えてみたい。

人間の器官の中で単独で最もエネルギーを消費する器官は何か?
実は覚醒時の脳こそが、 最もエネルギーを消費している器官なのである。 従って体の機能が低下すれば、 活動に大量のエネルギーが必要な脳は停止せざるを得ないのである。 また人体ではエネルギーを消費する際には酸素が必要になるので、 脳は最も酸素を消費する器官でもある。

リラクゼーションの章で書いたが、 魔術で求められるリラクゼーションとは肉体が半分眠った状態なのである。 従って我々は、 リラクゼーションによって肉体の機能をやや低下させて眠らせつつ、 一方で脳の精神活動を活発にする為、 脳へのエネルギーと酸素の補給が滞らない様にしなければならない。

その秘訣は、 酸素供給の源である呼吸を制御する事にある。
欠伸の出ている眠そうな人を観察すると分かるが、 眠りに入る時はゆっくりとした呼吸にリズムが変わる。 その眠りのリズムに陥らない様に、 意識的に呼吸のリズムをコントロールするのである。

普段の自然な呼吸では、 息を吸ったり吐いたりしている時間に比べれば息を止めている時間は極端に短い。 従って息を止めるという動作には、 吸う事や吐く事よりも意識的な努力が必要となる。 従ってこの動作を呼吸に入れる事は意識的な呼吸の制御の常套手段である。

魔術における基本的な呼吸法としては、 所謂「四拍呼吸」が挙げられる。 すなわち、

  1. 4つ数えながら息を吐く
  2. 次に4つ数えながら息を止める
  3. そして4つ数えながら息を吸う
  4. 更に4つ数えながら息を止める
  5. 以下、上記1-4を繰り返す
という呼吸法である。
流派によってこのリズムが 「4―4―4―4」 ではなくて 「4―2―4―2」 だったり或いは 「6―3―6―3」 だったりするらしいが、 リズムそのものに大した意味は無い。 上で説明した様に、 意識的に息を止める事が重要なのである。

ただし、 この「息を止める」という動作は、 酸素ボンベ無しで海に潜る時や火事で煙に巻かれた場合に行う 「息を止める」 動作とは異なるので注意が必要である。
喉や口鼻を閉めて完全に空気の流れを断ってしまうと、 呼吸と連動している心臓に大きな負担をかける事になる。 更に喉や顔面等に余計な緊張を招き、 酸素摂取量が減って頭の働きも鈍くなるので悪影響が大きい。
肺の中の空気は基本的に肺を取り巻く筋肉(&骨) の動きによって動く。 従って、 喉や口鼻を閉めずに肺の周りの筋肉の動きを (大体) 止める事がこの場合の「息を止める」事なのである

ところでこの肺の周りの筋肉の動きだが、 どの様に動かすのが最も効率的であろうか?
肺は周りを肋骨とその間の筋肉で覆われており、 下の内蔵との境には横隔膜がある。 骨がくっついている肋骨の周りの筋肉よりは、 骨付きでない横隔膜をより大きく動かした方が効率的なのはすぐに理解出来るだろう。

呼吸法に 「胸式呼吸」と「腹式呼吸」 の2つがあるのは貴方も聞いた事があると思う。
おおまかに言って、 胸式呼吸は息を吸った時に胸が膨らみ吐いた時に胸がしぼむ呼吸法で、 腹式呼吸は息を吸った時に腹が膨らみ吐いた時に腹がしぼむ呼吸法である。 そして横隔膜の下にある内蔵が動く腹式呼吸の方が、 横隔膜を大きく動かせるのは人体の構造から明かであろう。

ただし、 腹式呼吸にもやり方というものがある。 腹を膨らませるといっても、 ヘソのある部分を膨らませようとしても効果は小さい。 下手をすると腹式呼吸をやっているつもりでも実際は胸式呼吸になってしまうかもしれない。
座法についての所で、 下腹(生殖器とヘソの中間)を意識した事を覚えているだろうか? この部分を引き締めると内蔵の位置が、 ぐっ、と上がったと思う。 そう、 この部分を膨らませたり凹ませたりする事によって、 内蔵が最大限上下動、 すなわちその上にある横隔膜も最大限に上下動するのである。 イメージとしては下腹まで息を吸い込んだり或いはそこから息を吐き出すという感じになる。 それが腹式呼吸のやり方なのである。

以上まとめると、 吐く―止める―吸う―止めるという腹式呼吸を意識的なリズムで行うのが四拍呼吸である。 そしてそれは、 そのリズムによって最低限の緊張を精神と肉体にもたらし、 その双方をコントロール可能な状態に保つ鍵なのである。


魔術の基礎訓練、リラクゼーション、座法、四拍呼吸は、 それぞれ無理無く行う事が出来れば健康にも良いものである。
早く悪魔や精霊を召喚してみたい、 という人には退屈だろうが、 焦りは禁物だ。
気長に気楽に続けて行って欲しい。

(終)

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