フロイトとユングと魔術

さて、 「無意識」 というとJ.フロイトやG.C.ユングといった深層心理学者達を思い浮かべる人も多いだろう。 彼らが活躍した19世紀後半から20世紀の前半は黄金の夜明け団が生まれ、 活動していた時期でもある。

これらの深層心理学者達の説を魔術に取り入れる事に関して、 ディオン・フォーチュンやイスラエル・レガーディーといった、 黄金の夜明け団に直接在籍した魔術師達の弟子達は非常に積極的であった。 深層心理学の魔術への導入に対してはその当時から賛否両論があり、 現在も完全に片づいた訳では無い。 しかしながら、 多くの魔術関係者がフロイトやユングの説や彼らの作った用語を用いて魔術を語っている事も事実である。

ここでは、 深層心理学及びその用語を用いて魔術を語る事の妥当性について、 私なりの意見を述べさせてもらおう。

まず確実に言える事として挙げられるのは、 フロイトにしろユングにしろアドラーにしろ、 或いは彼らの同僚や弟子達そして分派の人達も含めて、 彼らの言説が科学的根拠としては役に立たないという事である。

まずは、 深層心理学の中で最も古くそして科学的装いを纏っている、 フロイトの精神分析について検証してみよう。

フロイトの理論の証拠として精神分析による治療効果、 即ち「患者が治るので精神分析は正しい」という事がしばしば挙げられる様である。 しかしながら、 20世紀後半の心理学の権威であったH.J.アイゼンクの 「精神分析に別れを告げよう」の他、 多くの精神分析及び疑似科学批判本で述べられている通り、 精神分析の治療効果は1950年代以降の数々の統計的検証により殆ど否定されている。
鬱病や分裂病といった病気は脳内物質が大きく関係しており基本的に薬物による治療が最も効果的であるので、 精神分析が主に扱うのは神経症の患者である。 ところが、 精神分析手法を受けた神経症患者の治癒率は、 何も治療をしない神経症患者が勝手に治癒する自然寛解率 (約2/3) とほぼ一致するのである。 つまり治療手段として効果があるとは言えないのである。

そもそもフロイトがその著書等で治癒例として挙げている 患者の多くが治癒していない のが後の調査で明らかになっている。 また、 フロイトが頻繁に根拠として持ち出してくる (フロイトの同僚ブロイエルがカタルシス療法によって治療したとされる) アンナ・Oにしても、 結核性髄膜炎であった事、 及びそれが原因で 「咳が止まらない」 状態であった事が判明している。
つまり、 フロイトの数々の著作の信憑性自体大変怪しいのである。

このような客観的根拠のあやふやな説は到底まともな科学とは認められないのは明らかである。

ユングやアドラーは更に論外である。
彼らの言う「集合無意識」とか「権力への意志」というものには 「そう言われてみればそう見える」 以上の根拠は無い。
彼らの言説の根拠として彼らの患者の見た夢や描いた絵等が挙げられるが、 それらを客観的証拠とみなすにはかなり困難がある。 何故ならばアメリカの有名な精神分析家ジャッド・マーマーが言う様に

「分析家から見ると、 それぞれの学派の患者は、 分析家の理論と解釈を確信させるような現象をきっちりと起こしているのだ! それは各々の理論が自己を正当化しがちということである。 フロイト派はエディプス・コンプレックス と去勢不安を導き出すものを見つけてくる。 ユング派の患者は元型、 ランク派は分離不安、 アドラー派は男性的闘争と劣等感、 ホーナイ派は理想像、 サリヴァン派は対人関係の障害、などなど。」
であるからだ。 即ち患者は、 例えカウンセラーが自分の考えを明示していなくても、 カウンセラーから自分の心を捉える方法についてかなり大きな影響を受けざるを得ないのである。 従ってその様な状況下で患者が見た夢や感じている事を証拠とするのは循環論法にすぎない。

では一連の深層心理学に全く意味が無いかといえば、 そんな事もないのだ。

先の引用文からも判る様に各流派の分析家達は、 心の中を説明する為の枠組として、 それぞれの思想や哲学に沿った考え方や言葉を患者に与えている (勿論それは、 やり方によっては治療行為に名を借りた洗脳にも成りうるのだが・・・)。 深層心理学から治療を除いてしまえば残るのはその思想や哲学の部分である。 その思想や哲学がそれなりに面白ければ文学的或いは芸術的価値はあると言えるだろう。

例えばフロイトの精神分析では、何でもない事実に対して、しばしば性的で大げさな解釈が与えられる。
その手の解釈は「事実の捏造」や「こじつけ」に結び付き易い (実際無数の屑「歴史解釈」や屑「評論」を産み出した) のだが、 それが 「現代の神話」 として多くの小説や映画のネタ元となった事は先のアイゼンクの本の中でも高く評価されている。 つまり、 「深層心理学」から生まれた思想や哲学は、 新しい考えや物事を創造する為の概念又は「こじつけ」の為の方法論となりうるのである。
(実際、一部のフロイト派の人達は自分達の学んだものを精神医学から解釈学へと変更しようとしている。)
また、ユングの「集合的無意識」や 「アニマ/アニムス」 もフロイトに負けず劣らず色々な物語のネタになっている。 (個人的にはユングの思想や哲学はフロイトよりも楽天的なので割と好きだ。)

また、 そもそも何を意味しているのかが明らかではないにしろ、 深層心理学が心の奥底のモヤモヤしたものを表現する為の語彙と概念を大量に提供してくれた事は評価出来ると、 私は思っている。
「それ」 が客観的に定義出来ないものであるにしろ、 「(フロイトが言うところの)抑圧」 とか 「(ユングが言うところの)アニマ」 と言えば、 少なくともそれらの学派の著作を読んだ人間には何となく自分の言いたい事を伝える助けにはなる。
だが、 万人に 「その用語を理解しろ」 と強要するのは無理だ。 客観的に定義できず、 フロイト派やユング派の思想 ・ 哲学の中にだけ存在する概念をそれらと無関係な人々が覚えなければならない理由は無い。
例えば、 熱心なキリスト教やイスラム教の信者でも、 この物理的世界で生きる以上重力の法則に従わざるを得ないので、 その法則をある程度知っておく必要はある。 だが彼らが難解な仏教用語を知らなくても宗教学を勉強する場合以外は殆ど不利益を被る事はない。 各深層心理学の用語も同様に、 それらに直接関係ない人々にとっては雑学的知識以上のものではないし、 学ぶ必要も無い。 増してやそれらの用語を用いた言説を受け入れねばならない理由は何処にも無い。

ところで、 所謂深層心理学がオカルト界に与えた悪影響の一つとして、 深層心理学の明確な根拠の無い解釈法が (なまじ学問的権威がある様に思われている分) カルトの教祖などにとって都合の良い理由のこじつけに使われている、 という事があるように思える。
実際、 以前ある掲示板で見たカルト臭い奴は自分の言説に対して反論が出る度に、 反論者の邪悪な無意識が抵抗しているから正しい言説が受け入れられないのだ、 などと書き込んでいた。おまけにそのカルト野郎は論理的な反証は殆どしないのだ。
これはフロイト派がフロイト派に対して批判的な人々に対して 「あなた方のエディプス・コンプレックスが抵抗しているので私達の説が理解できないのだ」 と言いいつつ、 まともな検証を拒否してきたのと同じやり方である。 ひょっとするとこのカルト野郎はフロイトの著作を読んで真似しているのかもしれない。
だが、 フロイトが生きていた100年前ならいざしらず、 21世紀の今はこんなフロイトもどきの戯言に耳を傾ける理由は無い。 きちんとした証拠の無い言説を受け入れる必要など無いし、 それを受け入れさせようとするのは個人の尊厳を侵す事に他ならない。

最後にやや脱線したが結局のところ、 深層心理学は科学的・客観的証拠としては使えないが、 その限界をわきまえて思想や哲学あるいは小説と同様に自己責任で発想や連想の元ネタに使う分には問題は無い、 と言えるだろう。 また、 「スターウォーズ」 を知っている人に 「ダース・ベイダーの様に不気味な」 とか 「ヨーダに似た顔の」 とかいう説明が可能であるのと同様の意味で深層心理学の用語は 「例え」 (或は象徴) として使用可能である、 とも言えるであろう。

だから私がこのサイトで深層心理学の用語を使った時は、 「何となく良く判らないが**な感じのもの」 という非常に曖昧な意味で使っていると思っていただきたい。

(次章に続く)


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