「智恵の32の小径」

Original translation to English by W. W. Westcott.
Translation from English to Japanese by Hocuspocus.

アタナシウス・キルヒャーのOedipus Aegyptiacusの1653年の版にも載っている、 ヨハンネス・ステファヌス・リッタンゲリウスの1642年のヘブル語の版からの翻訳。

(以下の文章は意味が不明確な上に、ヘブル語の文章は恐らくかなり間違いが多い。)

『第一の小径』は『称賛に値するもの』或いは『隠れた知性』(『至高の冠』)と呼ばれる。 何故ならばそれは始まりを持たぬ『第一原理』の理解に『光』を与えるものだからである。 そしてそれは被造物がその本質に到達する事の出来ぬ『原初の栄光』でもある。

『第二の小径』は『照明する知性』である。 それは『創造の冠』であり、 それと等しい、 『統一の輝き』でもある。 そしてそれはあらゆるものの頭上にある気高きもの、 カバリスト達が『第二の栄光』と名付けたものでもある。

『第三の小径』は『神聖化する知性』である。 そしてそれは『信仰の創造者』でありその語源が『AMN』である『根本的な知恵』の基礎でもある。 またそれは『信仰』の親であり、そこから『信仰』が生じる。

『第四の小径』は『凝集する知性』或いは『受容する知性』と名付けられる。 何故ならそれは全ての神聖なる力を含んでいるが故であり、 そしてそこから全ての霊的美徳が最も高められた本質と共に流出する。 それらの美徳は『原初の流出』 たる『至高の王冠』の力によって一つのものから他へと流出するのだ。

『第五の小径』は『根本的知性』と呼ばれる。 何故なら、 それ自身をビナー、 又は『知恵』の『原初』の深み又はコクマーより流出した知性に統合する事により、 それは『統一』に似るからである。

『第六の小径』は『媒介する知性』と呼ばれる。 何故ならその中において流出物の流入が増やされるからである。 それは全ての『祝福』の貯蔵所に流れ込む影響を作りだすが故であり、 それをもって流出物は統合される。

『第七の小径』は『隠された知性』である。 何故ならそれは知性の目、 そして信仰深き黙想で受け取る全ての 『知的』 美徳の 『輝ける壮麗さ』であるからだ。

『第八の知性』は『絶対的知性』又は『完全な知性』と呼ばれる。 何故ならそれは原初のものの手段であり、 ゲドゥラー、 『荘厳』、 の隠された場所の中を除いて分かつ事や残す事の出来る根を持たぬものであって、 そこからそれ自身に固有の本質が流出する。

『第九の小径』は『純粋な知性』である。 それは『命数』を純化するが故にそう呼ばれる。 それは『命数』の現れの意図を証明し訂正し、 そして減少又は分割無しにそれらを組合わせる統一をもたらす。

『第十の小径』は『燦爛たる知性』である。 何故ならそれは全ての者の頭上で高められるものであり、 ビナー (『第三の小径』の所で語られている知性) の玉座の上に座るものなのである。 それはあらゆる光の壮麗さを照射し、 顔の『王子』から流出した作用を生じるのである。

『第十一の小径』は『まばゆい知性』であり、 何故ならそれは解放の段階のそばに設置された幕の本質であり、 『諸原因の原因の顔』 の前で立つ事ができるように与えられた特別な位階なのである。

『第十二の小径』は『透明な知性』である。 何故ならそれはチャズチャジートと呼ばれる一族の荘厳なる様であり、 幻影の中で彼らが見た幻視の発する場所だからである。 (これは幻視中の予見者によってなされた諸々の予言である。)

『第十三の小径』は『統一する知性』と名付けられており、 『栄光の本質』そのものであるが故にそう呼ばれる。 それは個々の霊的なものたちの『真実の成就』である。

『第十四の小径』は『照明する知性』であり、 神聖さと準備の初段階の隠された基本的な概念の創始者である チャシュマル であるが故にそう呼ばれる。

『第十五の小径』は『構成する知性』であり、 純粋な闇の中での創造の材料から成り立っているが故にそう呼ばれ、 人々が考察を語ってきたものである。 それは『聖句』の中で語られた闇である。 「・・・濃霧をその産着として纏わせた。」 (ヨブ記38:9)。

『第十六の小径』は『勝利の知性』または『永遠の知性』であり、 栄光の喜びであるが故にそう呼ばれる。 それに匹敵する『栄光』はなく、 「義なる者」の為に用意された『楽園』とも呼ばれる。

『第十七の小径』は『処分する知性』である。 『義なる者』に『信念』をもたらすものであり、 彼らはそれによって『聖霊』に衣を与えられ、 より高位なるものたちの状態の中の『美徳の基礎』と呼ばれる。

『第十八の小径』は『影響の知性』または『影響の家』と呼ばれる (その豊かなる偉大さによって被造物への良きものの流入が増える)。 そしてその中心から、 あらゆる原因の『原因』から、 その日陰の内に棲みまつわる秘儀と秘められた感覚が導き出される。

『第十九の小径』は全ての霊的存在の活動の『秘密の知性』であり、 それは至高かつ高貴で崇高な栄光から広がった影響故にそう呼ばれる。

『第二十の小径』は『意志の知性』であり、 それは全てのそして各々の被造物の準備の手段であり、 この知性によって『原初の智恵』が知られるようになったが故にそう呼ばれる。

『第二十一の小径』は『調停と報いの知性』であり、 それは全てのそして各々の存在の上に為される祝福から 流れこむ神聖なる影響を受け取るが故にそう呼ばれる。

『第二十二の小径』は『誠実な知性』であり、 それによって霊的な美徳が増え、 全ての地上に棲むものがほぼその傘下に入るが故にそう呼ばれる。

『第二十三の小径』は『安定な知性』であり、 全ての命数に共通する整合の美徳を持つが故にそう呼ばれる。

『第二十四の小径』は『想像力に富む知性』であり その調和した優雅さに似たやり方で創られた全ての神の似姿に類似性を与えるが故にそう呼ばれる。

『第二十五の小径』は『試す知性』または『誘惑する知性』であり、 それによって『創造者』が全ての正しき者達を試される、 第一の誘惑であるが故にそう呼ばれる。

『第二十六の小径』は『更新する知性』であり、 それによって『創造者』が全ての正しき者達を試される、 第一の誘惑であるが故にそう呼ばれる。 世界の創造によって更新される全ての変化するものたちによって 『聖なる神』 は新しくなるからである。

『第二十七の小径』は『活発な知性』または『心躍らせる知性』であり、 それを通して全ての存在するものはその精神と動きを受け取るが故にそう呼ばれる。

『第二十八の小径』は『自然の知性』と呼ばれる。 それによって太陽の下に存在する全てのものの本質を満たし完成させるからである。

(この『小径』はリッタンゲリウスによって省略されている。 恐らく不注意によるものと思われる。)

『第二十九の小径』は『身体の知性』であり、 世界中で形造られ、 再生産される、 全ての体を形造るが故にそう呼ばれる。

『第三十の小径』は『集団の知性』である。 それにより『占星学者』は、 星々の動きの規則に従って、 『星々』と天の徴を断じ、 彼らの科学を完成させる。

『第三十一の小径』は『恒久たる知性』であるが、 何故そう呼ばれるのか? 何故ならそれは『太陽と月』の動きをそれらの固有の秩序の内に、 それに適切な軌道に各々を定めたからである。

『第三十二の小径』は『管理する知性』であるが、 それは7つの惑星の動きを指揮して結びつけ、 彼ら全てに彼ら自身の固有の進路を示すが故にそう呼ばれる。


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「智恵の32の小径」への注釈

by W. W. Westcott.
Translation from English to Japanese by Hocuspocus.
  1. 『至高の王冠』

    『至高の王冠』はケテル、 『第一のセフィラ』、 『無限光』たるアイン・ソフ・オールからの最初の流出である。

  2. ビナー

    ビナー、または『理解』は『第三のセフィラ』である。

  3. コクマー

    コクマー、または『智慧』は『第二のセフィラ』である。

  4. ゲドゥラー

    ゲドゥラーはケセド即ち慈悲、『第四のセフィラ』の同義語である。

  5. 顔の『王子』

    メタトロン。『第一のセフィラ』の知性体であり、有名なモーゼの導き手である。

  6. チャズチャジート

    この言葉はヘブライ語の「ChZCh」、予見者、予言者、 から来ている。 チャズース(Chazuth)は幻視を表す言葉である。

  7. チャシュマル

    この言葉は「まばゆい炎」を意味する。

「智恵の32の小径」は 『10のセフィロト』と 『22の文字』、 それぞれがもたらす神聖な力と照応の型に言及している。 私の「Introduction to the Kabalah」の中で 『第十一』 から 『第三十二』 の小径がいくつものセフィロトに繋がり、 神聖なる影響が伝送されると考えられる図表が掲載されるだろう。 『オカルト科学』 における何人かの導師もまたタロット・カードの『22の切り札』 を 22の『小径』に割り当てている。



訳注

  1. 『照明する知性』

    第二の小径と第十四の小径で名称がカブっているのは、 ウエストコットの文書がどちらも 「Illuminating Intelligence」 になっている為である。

  2. 「・・・濃霧をその産着として纏わせた。」

    「聖書 新共同訳 旧約聖書続編つき」 (共同訳聖書実行委員会、 日本聖書教会、1995)より引用。 英語の原文は 「and thick darkness a swaddling band for it.」 であり、 直訳すると 「厚き闇をその産着として(纏わせた)」となる。

  3. ほぼその傘下に入る

    原文は「are nearly under its shadow」。 湿気の多い日本では 「影」とか「日陰」 という言葉にはジメジメした嫌なイメージを持つ事が多いが、 『第十八の小径』 を見ても判るように砂漠の民にとっては日陰は過ごし易い場所なので、 肯定的なイメージを持つ単語のようだ。 勿論日本にも 「寄らば大樹の陰」 という諺があるが、 砂漠で太陽を遮るものが木とは限らないし、 原文では 『誠実な知性』 が直射日光を遮ってくれる有り難い存在という意味になるので、 敢えて日本的感覚で「傘下」と意訳した。


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